鑑定師としての修行が始まってた

ホロスコープを読むのは難しくも楽しい。
痛くて気持ち好いマッサージみたいな感じ。
介護士としての仕事の合間に、先生の御宅へ伺い個人レッスンをして頂く。今でも、「…読めへん」の泣き言もあるけど、西洋占星術の壮大な世界には癒される。
この数年は👆👆こんな感じ。
狭い守備範囲の、守りに徹すると
介護の現場は何か事が起こっちゃ困る。
冒険やチャレンジは抑え気味、それより守り。
なにしろ相手は、後期高齢者の集団。
私の仕事先では全員が認知症ょ。
急病だ、コケたら打ちどころ悪くて骨折ゃ、いきなりインフルエンザ、季節外れでもノロウイルスだ、突然のコロナ等が、…発生するのは勘弁して。
いっつも警戒してる。
80代90代の肉体には「何も起きないことが一番大切」だから。
《いつもの場所》《決まった相手》と
《基本的に同じ流れ》
時々、イベント&季節の風物詩に
日常生活を守ることが介護士として責務。
職場に入ったら神経を張りつめる。
いつも神経は使って、肉体労働も含む。
ケアを必要とする人達と関わる、そこ特有のストレスがある。だからこそ、休日にはしっかり休んで。自分に合ったストレス発散方法を持ってたい。
ストレスは、こまめに流し去る。
介護士がストレスを溜め込み、爆発させたら危険極まりない。下手したら、全国区のニュース沙汰になる事件を起こしかねないから。
溜め込んだらあかん!!!!
さて。
ワタシは何をしたら、気持ちが晴れる?
介護(看護師さんも!)業界には、体力オバケみたいな職員が意外と多い。日々の激務を癒すため、お休みこそ「登山に行ってくるわ~」なんて強者も、「仕事帰りに筋トレ!!すっきりする」と言う人も、珍しくない。
いやいや休日は(-_-;)まった~り過ごしたい~
仕事の後にも体を動かすの??勘弁して~
そう望む私に、ヨガや筋トレ大好き!な同僚は容赦ない。登山には誘われた経験はない(どう見てもムリ…)けど、筋トレとか、ヨガは「気持ちいいですょ~、絶対にお勧めやわ」と誘われたり、する。
で、深く考えずに
ヨガ体験レッスンへ行ったら、
レッスン途中から、周囲にいる生徒さん全員が頭で(!)逆立ちを始め、
逆立ち集団の中に一人、あ然
( ゚Д゚;) ビビった経験が。
同僚の楽しげな言葉にウッカリ失敗…
私に合った休日の過ごし方を探そう…。
その同僚には、後日、マッタリ~ゆった~り系のヨガ教室もおススメされ、懲りずに参加して、途中で寝た経験もある。恥ずかしかったが心地良かった…
登山は、到底ムリ。生きて帰る自信ないし…
ヨガは穏やかなタイプなら可能そう。
卵の殻を破ったら、大志を抱け
ずっと続けられるのが、私には西洋占星術💛
超のつくインドアな趣味だが、壮大さ。
介護の仕事に「壮大さ」はないからね。「いぇいぇ、介護は壮大な世界観がありますょ」なんて言う人、尊重はするけど、お近付きにはならんと思う。
ホロスコープを読み、ウキウキ💛💛
好きな事は、インドア派でも隠さない。
続けてたら、少しずつ「観てくれへん?」と頼まれるようになった。
いつか他人様の鑑定する気はあったが、その機会が予測外に早すぎ、
( ゚Д゚)あ、ありがたい事ではある。
日々、介護士の仕事をし「合間に読むから」「時間がかかる」と予め伝える。
手軽さや「すぐ結果が欲しい、この場で観て」と望まれても、私には出来ない。時間かかる了承を貰いたい。OKを得たら、相手の希望を細かく聴く。
占星術の醍醐味は丸ごと読むこと、と
今の私は思ってる。
将来、もっと鑑定技術を上げ、知識量が増えて、私自身に変化があれば、志も気持ちも変わるだろう。その時は、その時の在り様に変えたら良い。そう考えてる。
ある1人(依頼人)のホロスコープを、色んな角度から検証する。そのホロスコープの主が知りたい事を中心に、一緒に謎解きする感じで、その人を深く知りたい。
1つのホロスコープを丁寧に丁寧に観る。
深く潜るような気分。
これを壮大と言わずして何と言う~
介護の仕事で、日々バタバタバタ~
このギャップが好いのょ!!
で、今の自分が『それなりに読んだ』だけではイヤで。依頼人が、その人の経験則から何とな~く予測してるだろうよりも、深い結果を渡したいと熱望してる。
「うわぁ💛💛」って、喜んで貰えるか?
私は欲張りなので、喜んで貰いたい。
でも「喜んで貰える」はお世辞とは異なる。
喜びそうな耳に良い話のみ伝えるじゃない。
ホロスコープ上にある《その人の種や芽》を、ご本人も気付いてない可能性や、もしかしてワタシって?と、漠然と感じる想いを、読み解くような多角的な読んで
「へぇぇ~💛」と発見を。
「頼んで良かった」と感じて貰えるレベルの鑑定を渡したい。
(-_-メ) ヒヨッコょ、大志を抱きすぎ
アンタ、まだ上級じゃないでしょーに。
今の段階で、この👆👆志の設定にはムリがあるんじゃ??と、占星術を知る人からは呆れられる。「志は持ってたい」「鑑定で、そう在りたいん」等とあがく、西洋占星術の楽しさを知って貰いたいんや~っ
そこで、ウルトラC級の技を。
依頼人へ「私の先生にも観て貰って良い?」とお願いする。
もちろん、他の誰にも言わない。
この際、勉強の一環として。予め私が読んだホロスコープを、先生の意見もお聞きして完成度を上げていく。これって凄い勉強の機会になる。
私の鑑定に、先生の的確なコメントが加わる事で、具体性が、深くまで言及して引き締まる。自分の認識ズレや、思い違いを正せ、私の学びが深まる。
鑑定と称し有益な学びの機会を貰ってる。
無料じゃ困るのょ、の話
占いをサービス業と位置づけるなら、やはり相場がある。
でも、これが分りづらい…
時価?言い値?
経験が長いから高い、とも言い切れない。
「占いって胡散臭い」「怪しい」
そう言われるのは料金形態が、よく分からない点にある。
私自身が占いに馴染み《まぁ、打倒な値段》と判断できる。でも、自分にとって馴染みがない事に対しての値段など、判断できない。
やったら高額な設定で観る人もいる。
お手軽な料金(ワンコインとか)の場合もある。
それらは、鑑定する側の状況や場合を含めた言い値になる。
イベント事に参加して、その会場に合った価格設定
経験値が高く実績ある鑑定師が、1体1で時間をかけ鑑定して、質問にも全て応じてくれる、じっくり向き合う際の価格設定
色んなパターンがある。
困るのは『今の私の場合』で、
依頼されたら修行として受ける。私自身は《まだ勉強中の身、もっと技量をつけたい》と考えてる。だから、金額が設定できずに、設定する気もなかった。
ところが、武者修行と言え、先生にまでコメントを頂き、かなり細かく読んだ結果を依頼者へ渡すと、「これ、無料では貰えへんわ…」と言われる。
「思ってたより凄いし」
「有難いけど、これタダって怖いわ」
「お金、受け取ってくれな困る」
伝える相手がいて飛躍的に伸びる
意外な反応に困ったのは私で…
西洋占星術を専業に、占い師・鑑定師としての収入で暮らそうと思えない。
私の職業は?と問われたら「介護福祉士です」と答える。
※私の状況しだいだが、今は、奥深い西洋占星術を、もっと知りたいし総合的に読む技術を高めたい。アウトプット(鑑定する)よりも、インプット(習う)に重点を置きたい
占いに限らず、趣味で何か(例えば着付け、ネイル、裁縫、イラスト等)の、技術を学び楽しんでると、それを聞きつけた誰かが、
「勉強中でしょ?無料でやって」
「友達価格で」
「安くして、やって欲しい」と言い出す。
良さ気!と感じるらしく「タダでして」等と、求められる機会がでる。
そんな場面が多いらしい。
幸い「タダで鑑定」と言われた事はない。
おそらく私へ鑑定の機会を下さる依頼人も、その人が紹介してくれる次の依頼者も、良心的な人ばかりという幸運に恵まれてる。
「ここまで観て貰って無料なんてムリ」
「何か御礼させて」と言われ、
「こうしてホロスコープを観て貰うのを、誰かに紹介したい時に、無料では説明しづらいねん」「今のアンタなりの料金は、設定して」と言われ、
勉強がてら、が通じなくなり、
「お支払いしないと、安心して観て貰えないって」となった。
本当に、幸いで恵まれている。
サービスの対価は「ちゃんと払わせて」と言って下さる、気持ちの良い人達ばかりに出会えるのは、ヒヨッコ鑑定師としては最高の環境だと思う。
「アンタの先生のコメント付きなら、当然」
「ちゃんと価格は決めて」と言われ、確かに先生のコメント入りなら、と
御礼はお蕎麦一杯で…とは言えなくなった。
現物(ランチの和食、ピザ、ケーキセット等)じゃない対価。
こうして、紹介をして貰いながら『私にとって未知の人』のホロスコープも、読む機会を貰える。そして、伝えるべき相手がいる!!この状況が、
その人の性格や背景を知らないのに読む、
この緊張感が、更に学びを深めさせる。
アウトプットしないと、学んでも伸びない。
溜め込んだ知識だけでは成長速度がゆっくり。
ヒヨッコでも依頼を受けたら、鑑定する責任が生まれる。
鑑定結果を伝える緊張感が、自分を高める。
改めて実感している。