会話はごちそう、介護士はエサ【後編】
私は介護士なので、介護現場での事柄を軸にモノゴトを見てる。
でも、会社員をしてた時代も、学生時代もある。
複数の人が集まると発生する場で、一方的な「聞いてきいて」「ねぇねぇ」
自分ばっかり優先で喋り倒すのは、会話下手。
とは言え、相手の心境や状況をムシして、平気で喋り散らせる人って元から目の前にいる相手を『対等な人として』扱ってないから、傍若無人ができる。
目の前にいる相手と、楽しく会話をしたいなら一方的な会話は出来ない。
会話下手は損だし、聞き上手には技量が要る。
認知症という病ゆえ、仕方なく会話下手になる人達のお話を、丁寧に、笑顔で聴き取るのも、介護士の業務の1つである。
お酒たけじゃない、人間で悪酔い
サービス業や接客業などで「ワタシばっかりお客様対応をさせられる」とか、
人の距離が近い場で、親戚の集まり等で「本音では誰も近付きたくないオジ(オバ)さんの相手を、いっつも押し付けられてる」とか、
「うちの子、いつの間にか不登校気味のクラスメートのお世話係みたいに扱われてるんです」「なんだか懐かれて」なんて話も聞いた。
お酒の酔いも、楽しい会話も『心地良い』酔い。
逆に、ずっと接触してると悪酔いみたいな気分にもなる。
介護士という職業には、これが起きやすい。
人間に悪酔いする、これは👇👇以下の場合
同じ話をくり返される、
延々と昔の自慢話(逆に恨み話)を聞かされる、
相手が会話を適度に切り上げてくれない、
いつも捕まってしまう ←と感じるほど不快。
〇〇さんの相手するの、疲れる…
こんなこと👆👆誰かに思われてたら、申し訳ないし、恥ずかしい。
認知症になる以前は、それを弁えていた人でも病気ゆえ変化してしまう。
楽しい会話に困らなかった人も、かつてはお喋り上手な人気者だった人も、認知症の症状によっては『一方的な会話をしがち』になる。
そして、そんな変化の自覚もない。
病気の症状ゆえ、話した内容じたいを忘れて、数分ほどで「あ、言っておかなきゃ」と再び同じ内容を話したい。何度も繰り返す。介護で、まして認知症の人ばかりがいる職場は、ずっと同じ事を聞かれたり/訴え続けられたり、…それが日常的にある。
時に、職員は疲れを感じる。
仕事ですからね、分かっちゃいるけど、
時に疲れる ← こう感じられなら黄信号
自覚しづらい疲労から身を守るのか
疲労困憊が深刻化したら、自覚ができなくなる。
周囲からみて「マズい」と判るのに、本人は「平気」「大丈夫やって」と言う。
そういって、ある日、急に消える。
介護界には無責任で急に退職する輩も多いが、深刻なのは無理してる己に無自覚で、燃え尽きて退職ケース。これも多い。知らない内に燃えて、燃える最中さえも無理を続け、ある時、尽きたように動けない、そうなると復帰にも時間がかかる。
予兆は無視しないで!!!
人間に酔っぱらう、感じ。
・なかなかニキビが治らない、
・最近、寝ても疲れがとれない、
・夜にしっかり眠れてない気がする、
・いつも仕事のこと、気にしてる、
・ごはん、美味しく食べられない、
・冷たい食品を手早く食べ終える
・せっかくの休日、何もしたくない、
・ずっと布団から出たくない…
こういった👆👆状況が続いてると要注意。
介護現場では職員の疲労感を軽んじる。
だからこそ、自分で自分を観察する。
たっぷりと会話したい、日々、機会が少なくお喋りに飢え、優し気な人がいたら誰だって頼るし甘える。飛びつくように「ねぇ聞いて!聞いて!」
職員の中にも『自分のおしゃべり止まらん』タイプがいるし。
利用者さん達が相手だと、無理して応対してしまう。
実際に、そうしろ!と習う訳だし…
先ず、NO!!と言えるか?そこから見直す。
退職する頃にはボロボロ…
介護現場だし、お話をするだけだし、って心の悲鳴にフタをする癖。
会話じゃない「ねぇ!ねぇ!」「聞いてょ~」の遠慮ないやつを、一心に受けてる。毎日、自分だけ。(たっぷり)話したい人が複数、列を作る。
この状況、かなりキツイんです。
介護の職場って、辛いことを「辛いんです」って言うのすら、介護士は封じられてる傾向がある。辛いって?何言ってんの?と流されるか、嫌な顔されるか…
自分が利用者さん複数人に囲まれる間に、他のスタッフは自分の業務に集中。
業務が進まない焦り。
ひどい職場だと他の職員が「ほら、〇〇様ぁ、あのお姉(兄)さん待ってますよ~、行ってあげて」など、わざと仕向けられる。気の優しさゆえ、利用者さん達に囲まれやすい、そんな同僚を利用してる。
ちょっとした会話すら利用者さんの相手をせずに、自分は楽する奴までいる。
断れない優しさをアチコチから利用される状況。
気が優しく、きっぱり断ったり/話を終えられない職員へ、配慮しない。
「〇〇様、そろそろお茶ですょ」
「次はワタシと話しましょう」
こう言って、囲まれてる職員を、ねぇねぇハンターと化してる利用者さま軍団から、少し距離をとらせ、彼女/彼の優しさに付け込まずに、助けられる他の職員がいるか?
どこの職場も業務に忙殺され、同僚や新人への配慮が行き届き難い。
利用者さんは元から遠慮などない。
会話は楽しい、お喋りはストレス解消になる。それは互いに会話を楽しめてたら。
一方的に受けるだけなら疲弊する、
ジワジワと疲れが積もって、心が悲鳴を上げても無視してると
「本当は続けたいんです、もうムリ…」
介護士に適性がとてもある人ほど、こうして退職していく。
ねぇねぇ聞いて聴いて攻撃、しない、させない
何気ない会話って、楽しいですょね。
ほっこりする。
訪れたお店で、時にスタッフどうしがお客様をそっちのけで雑談してる、それくらい世間話でも、なんでも良いけど他愛ない話って、人は求めてるし、生活には必要。
悲しいけど、認知症になると『この貴重な時間』が減る。
人は何歳になっても、お喋りという行為から元気を得るのに、それが失われていく。
おしゃべり(人間らしい楽しみ)に飢えた人
認知症になると、『心から満足するほどの』たっぷりとした会話の時間を持つこと、誰かとの会話に花を咲かせる楽しみを持つのが難しい。
これは事実。
私自身は途中から転職組で介護士になったが、色々な利用者さん達と接っする内に、『人って無意識にも意識的にも、すごく高度な気配りをしながら会話してるんや』、と改めて気付かされた。
会話はお互いにやりとりするもの、
言葉は時に救いで、時に暴力、
上手く切り上げるには技術がいる。
利用者さん相手でも「じゃ」って軽やかに会話を切り上げ、他の業務に戻れる職員。それが苦手でムリをして話に合わせ続け、自覚しにくい疲労感で心をヤラれる職員。
そこまで極端じゃなくても、中間をゆらゆら
日々、人の濃い部分や、ムキ出しの本音をぶつけられるのが介護士
夜勤で体を壊す、
腰や膝、腕など肉体を痛める、
それ以外にも、複数の人との濃い接触で神経をすり減らす。
これは職業病の1つだと思う。
今どんな気分?と自分に問いかける
たぶん介護士をしてなければ、会話について考え込む機会はなかった。
相手が『認知症の高齢者』こちらが配慮をすべき存在で。そして、私自身は会話下手だと自覚してる。業務がたくさん残ってるのに、なかなか会話を切り上げてくれない相手(利用者さん達)に、新人時代は苛立ってた。
どちらかと言えば、私は『優し気』『ふんわりした雰囲気』『受け止めてくれそうな包容力』がない介護士である。
それがコンプレックスで、何とか求められるまま利用者さんに応対し、毎日、休憩の時間が消えた新人時代。それを助けてくれたのはベテランのパートさん達だった。
彼女達から、教科書通りではない現場の技術を実地で学んだ。
決して利用者さんを邪険にしない。でも、なすべき業務、急ぎ終えるべき事柄があるなら、やはり会話を切り上げる判断も要ると、割り切る。
お話を「じゃ、また」と切り上げる時は笑顔で!!
そして、ズルい仕事仲間には気を付ける。
「××先輩、私は今□□□で手が離せません、〇〇様の対応をお願いします」と丁寧に伝える。お願いできますか?じゃない、おねがいしますね、で。
逆の立場で、他の職員がお喋り攻撃で身動きとれないなら、今度は私が助ける。
自分の心が疲弊しそうなら、気持ちを数歩分だけ引いてもいい。
まともに相手せねば!と思いつめたら、とても長く働けない。
新人時代は、とても利用者さんとの会話を楽しむ余白はなかった。
『会話はごちそう、アンタ達はエサみたいなもん』なんて、
新人介護士だったから嫌な気持ちになり、重く受け止めてしまった。
年数を経ると、少しづつ利用者さん達との会話にも馴染み、話の切り上げ時も見極められる。今は、お喋りのエサと言われても、昔と違った気持ちになるだろう。
エサ、という部分は宜しくないけど…
「アンタと話したいねん」
「ワタシ、寂しいねん」といった心が隠れてる。
会話はごちそう。
この部分だけは、大切にとっておこう。
現役時代の今、お喋りのエサなんて一方的な会話じゃない会話を、誰かと楽しくできたら…。楽しく話すには、相手への配慮が必要。
反面、ついやりがちな「聞いてきいて」「ねぇねぇ」
相手を獲物あつかいしてる一方的な話は、しないように。
もしも、仕事で、日々の人間関係にすら疲れを感じたら、その気分を素直に認めて、敢えて1人になる時間をひねり出す。1人の時間を何に使うか、
ゆったりと考えるのも楽しい時間。
何をしょうか?
最近、ちょっと疲れを感じてるから…
自分を大切にできないと、他人を大切にできない。
